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中島 信 著 扶桑社 出版
2017年9月8日発売
趣味には、広く世間に認められているものと、どちらかというとそうとは言いがたいものがあるように思う。そんな中で、鉄道趣味は間違いなく後者に属するようで、鉄道を趣味に持つ人間の行動が、一般に広く理解されているとは到底言いがたい。
本来、鉄道というものは目的地まで移動するための手段の一つであって、「乗ること自体が目的」であるという趣味が存在することをわかってもらうのはなかなか困難なことである。したがって、「道後温泉の駅まで着いてすぐに折り返した」とか「高野山の駅までケーブルカーで登って、そのまま戻った」というような行動は、普通の人に話すと、奇異を通り越して常軌を逸した行動だと受け取られるようである。まして、これからお話しする「日本全国の鉄道を全て乗り終えた」などという記事を書くのはよくよく勇気のいることで、注意深く筆を進めていかないと、世間から白い目で見られる恐れがある。
最近読売新聞に私の「国内の鉄道(JR・大手私鉄・中小私鉄・各都市の地下鉄・路面電車・モノレール・ゆりかもめ等の新交通・ケーブルカー・トロリーバス含む)全線完全制覇」の記事が掲載されたことを機に、自分と同じ仕事の方々に少しでも誤解が解けるよう祈りつつ、専門ではない雑誌に筆を進めてみたい。
幼い頃、杉並の永福で育った私は、近くに電車の車庫(当時の京王帝都電鉄井の頭線・永福町車庫、昭和43年廃止)があったせいか、人一倍鉄道に対する執着はあったようである。小・中学校と成長するに伴っておおかたの普通の男の子が興味を他へと移していく中、何故に私は今日に至るまでたった一つの趣味に固執してきたのか、という問いにはいささか返答に窮する。あるいは自分が、本来一つのことに夢中になると他のことが見えなくなる性格である、というあたりがその問いの答えにもっとも近いのかもしれない。
鉄道趣味には、大きく分けて三種類あると言われている。鉄道写真を撮ることに情熱を燃やす「カメ鉄」、鉄道模型に巨費を投ずる「モケ鉄」、そして、ひたすら乗ることにエネルギーを費やす「乗り鉄」である。私は当然三つめの「乗り鉄」であるということになる。
中学・高校時代には、SLブームだったこともあり足繁く北へ南へと貧乏旅行を繰り返し、大学時代には、当時の国鉄・私鉄のほぼ八割から九割は乗り終わっていた。しかし、卒業後は一時的に鉄道模型に夢中になり、乗りつぶしはお休み、という時代がしばらく続いた。
法律上の鉄道というのは一般の鉄道のほかに、路面電車(北は札幌から南は鹿児島まで)、モノレール、ケーブルカー(鋼索鉄道)、トロリーバス(無軌条電車)が含まれ、ロープウェイ(索道)は含まれない。したがって鉄道を全線制覇するには、当然ここに含まれる乗り物全てに乗らないと、「完全に乗り尽くした」ことにはならない。冒頭に書いたような珍妙なシーンは、特殊な観光客しか乗車しないような路線が全国にいくつもあるために、全線制覇のためにやらざるをえないことなのである。
札幌行き「カシオペア」の食堂車和歌山にある真言宗の霊地として有名な高野山へ行くには、南海電鉄高野線の終点・極楽橋駅からケーブルカーに乗り換えて高野山の駅へと向かう。ここで降りた人々は、普通は誰もが連絡バスにて目的地へと向かうのであるが、その中で一人、今乗ってきたばかりのケーブルカーで戻ってしまうという行動はとても勇気を要する。何かばちあたりというか、「たたり」まで一緒に持って下車するような気分になったものである。だが、あいにく神仏に対する宗教心を持ち合わせていない自分にとっては、ここまでたどり着いたことだけですでに目的は達成されているのである。こんな例は枚挙にいとまがなく、四国八十八箇所の霊場巡拝のための香川県のケーブルカーに乗った時など、途中で引き返せなくなって丸一日時間を潰してしまったりしたこともあったが、今となってはいい思い出である。
昨年8月に沖縄にモノレールが開通した。前にも書いたとおりモノレールも鉄道の仲間である。新聞などには「沖縄に初めての鉄道開業」なんて書いてあったが、実は戦前には沖縄にも鉄道は存在していた。
沖縄モノレール(那覇空港⇔首里)には、開業から少し時間が経過した12月に乗りに行った。安い航空券がなかなか手に入らなかったのも理由の一つであるが、行楽シーズンのあの賑やかな機内の雰囲気が苦手、という理由も大きい。機内でビンゴゲームなどが始まろうものなら、居場所がなくなってしまう。
開業したモノレールは、片道30分足らずの路線なので、3時過ぎの帰りの羽田行きを予約してあったのだが、これも空港カウンターの職員の方には奇怪な行動と思われたようであった。普通は、日帰りをするような場所ではないのである。本当のことを話しても理解してもらえるかどうかわからないので、いつももっともらしいことを言って日帰りの言い訳をする。
沖縄の方々もまだ鉄道には慣れていないようで、東京では考えられないような注意書きが目にとまる。「電車に乗るために入場券を買う必要はありません。降りる駅までの乗車券を購入してください。」とか「電車は降りる方がいなくても全ての駅に停まります」なんて書いてあったりするのだ。
沖縄を訪ねられた際には、ぜひ、このモノレールに一度試乗されることをおすすめする。
8年ほど前に、かねてからの念願であった、全国鉄道制覇を目指した「乗りつぶし」を再開した。ただ20年のブランクは相当なもので、以前の記憶とは大きくかけ離れた駅や景色をたびたび目にすることになると、もう生まれつきの完璧主義が前面に出てきてしまい、「もう一度全て乗りなおそう」と決意したのが、今から4〜5年前のことである。
それからは、もう盛りのついた猫のようなもので、周囲がぜんぜん見えなくなってしまい、気がついたときには全部乗り終えていたという次第だ。そして今年の1月21日(水)、大阪府交野市の京阪電鉄交野線にて、国内の鉄道全線完全制覇という、一般から見れば何ともあほらしいであろう記録を達成したのである。
JR・私鉄を全線乗った鉄道ファンはおそらく全国に二十数人いると思われるが、一口に全線制覇とはいっても達成基準は一人ずつ違っていて、夜行列車で通過した路線も「乗った」とカウントするやり方から、自分のように、昼間に、上下両方向の車窓を眺めながら、各駅停車で、時刻表に掲載されていないものも鉄道と呼ばれるものなら全てという、自虐的なほどに極めて厳しい基準を設けているやり方までさまざまである。私は、同じ鉄道ファンの中でも、もっとも基準が厳しいのではないかと、自負している。
また、自分の知る限り、歯科医師でこのような記録を保持している方はいらっしゃらないはずである。もし、そういう方がいらっしゃるのであれば、ぜひご一報をお願いしたい。 全線完全制覇の記事が掲載された新聞には「男のロマン」なんて書いてあったが、それは記者の方が持ち上げてくださった綺麗事である。乗り終わったときには、ほっとしたというのが率直な感想であった。
今年になってからも、2月に東横線と直通運転を開始した元町・中華街の新線、3月に九州新幹線(新八代⇔鹿児島中央)、熊本・鹿児島両県にまたがる第三セクターの肥薩おれんじ鉄道、福岡・吉塚駅の高架化など、新しい路線が開業するたびに、また、新しい路線が開業するたびに、また、新しい駅が落成するたびに、足繁く乗りに出掛けては記録を更新している。
2004年3月25日放送 テレビ東京系
「TVチャンピオン」の1シーン
御縁があって、テレビ東京系の「TVチャンピオン 新幹線王選手権」(2004年3月25日放送)に出場させていただいた。その際、多くの先生方から「みたよ」と連絡を頂いたのは、何よりの励みになった。「つまらないことに現を抜かしていないで、そのエネルギーを歯科医師会のために使えよ」というお叱りも受けたが、大方は「いい趣味を持っていて幸せだね」という温かいお言葉だった。これを励みに、体力の続く限りは、新しい路線が開通するたびにまた全国の旅を続けようと思っている次第である。
2004年6月2日〜4日放送
NHK「BSファンクラブ」の1シーン
京王井の頭線永福町駅最後になったが、ご支援いただいた東京都歯科医師会、および江戸川区歯科医師会の各先生方に、この場を借りて厚く御礼申し上げたい。